昨夜は二ヶ月に一度の Radio sakamoto が真夜中の零時からあり、
昼間は労働だったから、それなりに気を張るとそれなりに疲れており、
やはり、
始まって、教授の声を聴いて 安心 してしまうのだろう、
そこからぷっつりと記憶が途切れ、
ゲストの津田さんと話している声で意識が戻り、
 ああ、愛知トリエンナーレの話か…
と時計をみて1時間近く意識を失っていたことに気づくいつもの通り。 1120 06Nov.




横浜トリエンナーレは、以前に 勅使川原さんのガラスの空間(ダンスは見逃した)、チェルフィッチュの舞台映像、田中泯さんのダンスを海辺でみたのを覚えている。
http://yokohamatriennale.jp/2008/ja/outline/
それ以来のヨコトリ。
Daiさんが注目したというブランドの服とおかあさん手作りの服を並べた作品の刺繍部分。
大輔さんが安い材料でも作れるんだと驚いていたのは、こんな感じ。
  
  
作品を前にしたときは、何度も両方を見つめてしまった。  0921 15Nov.


ふたつを並べて見比べるということは、
両方を よく見るためにはとても有効…いや必須ともいえるほどのやり方で、
そこからどんな意味合いを引き出すかは、色々で…。




何かを見極めようとして、ふたつのものを比較すると
「比べるな!」
と文句を言われたことがあった。
フィギュアスケート選手で自分はこちらのほうが上手いと思った、と書いたことにたいして。でも、比べることは悪いことではない。つまらないファン同士の敵対意識みたいなものを時々見かけてきたけれど、そういうものには関わりたくない。そういう「比較」ではなく、身体の動きそのものを純粋に観察すること、「比較」は観察するためのひとつのやり方だと思っている。
それは別に優劣を言いつのりたいからそうしているわけではなく、何故、自分はこちらのほうが好きなのか?を自分で納得するためにそうしているだけ。
その時、たまたま同じ試合でみた演技を比べてみて、そう感じただけ。





ヨコトリで一番印象に残ったのは、赤レンガの あの大輔さんがレポしていた彫刻整体ビデオのワンフロア下の一番奥の部屋だった。
赤レンガの展示は案内順にみていくと、戦争の記憶や不穏な気配を感じる雰囲気だったのだけど、そこではいくつも(9つ)のスクリーンに様々な部屋で楽器を演奏している人たちが映し出され(ピアノ、弦、エレキギター、ドラム…)、それは同じ曲で、どうも大きな建物の部屋で同時に起きていることのようで、時々おもてでおじいさんが爆薬に火をつけて、最後には全員がおもてに出て野原を歩いていくという作品だった。
ガイドブックをみると、アイスランド生まれの作家。
www.luhringaugustine.com

 この作品のどこが面白かったかというと、スクリーンに近づくと、そこに映っている演奏者の音がよく聞こえるようにスピーカーが配されていて、気に入った奏者の音に耳を澄ますことができる、その展示の仕方がよかった。
コンサートでは体験できない聴き方。
ガイドブックには「彼らの孤独な作業とは対照的に、メランコリックで美しいハーモニーは、音楽や美術を通して人々は繋がることがきるのか、という問いを投げかけている」と解説されているけれど、わりとそういうことは自分にとってはどうでもいいのだった。




そうして最後にみた、ジャックの塔の地下の作品、Daiさんがzeroで見つめていたゴジラ
順路沿いに大きな鏡が立っていて、一枚目には広島長崎の原爆投下、次からはアメリカ、イギリス、フランスの核実験の日付、名前、場所が刻まれている。ちょっと驚いたのは、フランスの核実験の多さで、知ってたけどこんなにやってたのか…と、しかも戦後に。
あと、ソ連、中国、インドなどの実験は鏡には刻まれていないわけで、どれだけ核物質をばらまいてきたかという…。
鏡は最後に置いてある太陽の映像を反射して、曲がりくねったコースを連ねて初めの鏡を正面から見ると、ぼうとオレンジ色の太陽が見えている…という仕掛けになっていて、
ほんと…戦後、ただちに太陽光発電などの別やり方に取り掛かっていればこんなことには…と、重い気持ちになるのでした。
終始、ゴー…という音が地下室全体に響いていて、はじめは(ああ怖い)と思ったのだけど鏡の記録を見つめるうちに、怖さはどこかに無くなって、3周くらい歩きまわってそこにいた。そんな空間が設置されていた。

この開港記念会館には立派な講堂があって、福島の核事故の後、脱原発の集会に自分は参加していて、福島で暮らしていた人の無念の気持ちを聴いたりしていたので、何重にも重い展示でありました。
横浜には原爆は落とされなかったけれど、大空襲がありましたから。
横浜市史資料室:横浜の空襲と戦災関連資料 「写真でみる横浜大空襲」web版(chapter11.html)

横浜市開港記念会館 会館の歴史




ゴジラ といえば先日『シン・ゴジラ』の地上波放送があって、自分はラストのヤシオリ作戦のところだけみて、やっぱ全部録画しとけばよかったなと後悔。
劇場では1回みて、フクイチ事故の初期の焦燥感が蘇り、鬱々となったのでした。
Daiさんは、zeroで「ゴジラが好き」とたしかコメントされていて、それは、昔のおちゃめなゴジラなのだろか? 自分はあまりゴジラの歴史も知らないのだけど、庵野ゴジラは怖かった。あの目…なにも考えていないかのような自然現象としての冷たさを現したあの目。

ヤシオリ作戦は、フクイチが炉心溶融しているらしいとネットで知って、もうそれから部屋の窓を閉め切り、換気扇に目張りをして、たのむなんとか冷やして!…と念じていたあの頃の気持ち、願いを映像化したようなものなので、もう見ていて重苦しい気持ちになるのでありました。
知人の中には「福島は残念だったねー」と言うような人もいるのだけど、自分にとっては福島はまったくの地続き風続き海続きの土地であり、融けた炉心は取り出すめども立たず、原発事故の被害はこれからもいつどんなふうに降りかかってくるかわからないものなのです。

劇場では、無人在来線爆弾のところがクライマックスで、
あれは郷土愛の表出だと感じた。
                                17Nov.


で、
冷却材を倒れたゴジラに注入するシーンで、作業員の人が バルブ をカチっと回して締めるショットが数秒、あれは(ああ、そうであってくれ)という願いみたいなもので、原発をとりまく技術者に対する理想みたいな…でも、実際はかなりいい加減だということが、もうずいぶん前から言われていた。今だって、原発廃炉のためのお金が新規増設のために勝手にまわされて、廃炉のためのお金がないというニュースを数日前に読んだばかりで…
やっぱり、いい加減やめないといけないものだとしか思えない。
そういう恐ろしさを確認するような気持ちになった映画なのでした。



映画といえば、Daiさんが 気になる と話していたという、『打ち上げ花火…』
も劇場でみて、これも宮沢賢治が鍵となっている物語で…



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