シェラザード

ゆうべ。
6日からやっていたのだけど、自分のコンディションが整わず、後半の5日目公演に。


もうずっと前に、この曲で踊る勅使川原さんと山口小夜子さんの映像断片をTVでみたことがあって、それはたぶん「月の駅」という、もう使われなくなった駅を舞台にした作品で、その映像が強く心に残り、この曲を踊る勅使川原さんを見ることは、ひとつの憧れのようなものだったので、はじまったとたん、いきなりクライマックスで、それがずっとおわりまで続く、そんな時間なのでした。

リムスキー コルサコフ作曲の音楽に徹底的に向き合い、
音楽と一体となり、音楽を吐き出すくらいの勢いで踊り、
音楽と共に昇華してしまうまで徹頭徹尾、音楽と身体、
音楽とダンスとが生み出す濃密な流れを追求しています。
印象になりさがる音楽には決してならず、バレエ音楽風な物語から
解放されなければならないダンスと音楽の関係を「厳密と自由」の
生命の有り方の探求であり、これこそ私が欲する芸術の
ひとつの有り方であると実感しています。現在進行形の生命こそ
ダンスの本位であると考えますが、音楽への尊敬は、そのまま
ダンスへの教訓でもあります。音楽に己の全てを託すところから
始まるこの仕事は、常なる実際の静けさや音の発生と同時に湧き上がる
沈黙と共に生き生きとダンスになります。
私と佐東利穂子は隙間を譲らず絡み合い、新たな時を紡ぎ、
新たな不可解を解放すべく「固定された場所」を「流動する空間」に
変質させ踊りつづけています。

ブログ | 勅使川原三郎 KARAS オフィシャルサイト
この勅使川原さんの言葉、見ている側の自分なりに、実感できる…。


カラスアパラタスでダンスを見るときは、その空間に自分も溶けるように身体を存在させて、空気を身体の中に流しこむというか、ダンスを呼吸するようにして見ているのですが、「シェラザード」は、はじめからおわりまで、この曲とそして打ち寄せる波の音が溢れていて、この曲の海にずっと浮かんでいるような心地で、なんてこの曲は○○○○○んだろう(ぴったりな言葉が選べない)と思いながら、曲の中に在った時間でした。



おおらかで柔らかで、どこで何をしていたとしても、心で空を見上げているようなこのメロディ